カテゴリー「医療」の記事

2016年8月28日 (日)

★体重:大殿筋★

★体重:大殿筋★                 H28828
暑さもそろそろ和らぐ時期になった。
トレーニングに意識を置いて、体重増加に努めたい。

最近の体調は良く特に問題はない。気温が下がると
睡眠も深く、起床の時間も徐々に遅くなって来た。
トレーニングを続けて体重の徐々に増えるのを待っている。
脂肪を増やすのではなく筋肉を増やしたい。
筋肉で最も効果的なのは・・・体内で最大の筋肉の
大殿筋を増やすこと。
先日の新聞の記事で「『おしり』を鍛えると一生歩ける!」
の紹介があった。
早速買って一覧した。
内容的には優しい、入門編の感じだ。
この程度の内容ならネットで幾らでも見ることが出来る。
しかし手元にこの本を置いておくと「トレーニング」の
意識の強化に繋がる。
「おしり」の文字を見るたびに、忘れないように続けたい。
「一ヶ月目はうまく出来なくとも良い『やり続けること』
に意味がある」・・・たしかにそうだと思う。

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2016年8月12日 (金)

【医療-9:退院から2ヶ月】

【医療-9】
【退院から2ヶ月】
6月7日の退院から2ヶ月が過ぎた。
定期的な健診の都度ステロイドが減り、今は
ステロイド(プレドニン)1錠(5mg)/1日になった。
体調は・・・気分的には全く問題なく
     以前の調子に戻り・・・
    小旅行・海水浴・ゴルフ練習・園芸
    パソコン・・・ETC
  などを楽しんでいる。
しかし体力は落ちている。
これが肺活量のせいか
筋肉系の体力の減少なのか不明だ。
ただ体重は・・・
入院の前は58~59Kg
だったが今は少し回復したものの
55Kg台になっている。
運動量が多くなるとすぐに疲れが出て
動けなくなる。
徐々にトレーニングの量を増やして
慣らし運動をする。

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2016年6月23日 (木)

★『無名』(5):沢木耕太郎:完★

『無名』(5):沢木耕太郎:完★      H286181
沢木耕太郎:幻冬舎

2003年9月15日 第一刷 発行

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『第9章:隅田川』

2ヶ月が過ぎた。少年の頃の父。

「少年ケニア」を毎日曜日に読んでくれた。

死の1週間前にストマックチューブを自分で抜いた。
「もういいんだよ」と言った。

最後の日、カボチャの蒸し物を「パクッ」と食べた。

それからしばらくして「ふっと死んだ」

父は静かに運命に従っただけだ。

「隅田川」」と言う文章が出て来た。

小田原町、明石町・・・立教大學、聖ロカ病院、etcがあった。

「異人さん」の家もあった。
築地界隈を調べた。歩いた。

父と見た1度だけの映画を思い出す。

「私は父の代わりにそう呟いた」

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【感想】

今回の入院で何だかぼんやり行く先が見えて来た。

つまり《腫瘍》か《肺炎》だ。
いずれ体力が落ちて行き、何かの原因で終焉を迎える。

達観と言う訳ではないが(恐れ)も(恐怖)もない。

唯そうなるだろうと思うだけ。
唯物論も精神論も哲学もない。

唯そうなるだろうと思うだけ。

宗教家も哲学者も議論はするがその実在社会で証明は出来ない。

現世の人を何とか納得させようと努力しているだけだ。

科学者・数学者は少し違う。
実証を重ねて少しづつ、世界を
拡げて行く。
しかしこれもどこまで行っても終わりはない。

宇宙の先にはマダマダ先があり、

ミクロの先には更にミクロがある。

《無》の《存在》、《存在》の《無》なのかも知れない。

だから考える必要もないし、心配する事もない。

今後、これからの時間に何が出来るか、何をしたいのか。

沢木耕太郎の様な文書や佐瀬稔の様な小説も私には書けない。

無名の人は何も残さない。

いや、色々な人生を残しているが歴史には残らない。

私も自分の楽しみを続けるがまとまった作品など出来るわけもない。
まして歴史に残るものもない。

だけど駄作でも良いので、作って行きたい。
完成することはない。

頂上に達することもない。

唯行く道端に一つづつ置いて行くだけ。

どんな色、型、思い、記録・・・
私の道は
BLOGかもしれない。

手紙でもない、文章でもない・・・
簡便な
BLOGがあってよかった。

私の行く道・・・・。
そろそろ朝の5時になる。5月27日。

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【医療-8】

【医療-8】

【入院から退院まで】

1」5月16日の受診の後、入院の準備をして、
   5月20日に内科の外来を受診した。

医師は「良い判断です」との事ですぐに入院した。

2」治療は「ステロイド」を中心にした服用だけで
   当初は7~10日程度と思っていた。

3」その後は毎日の 検温・酸素・血圧・・・

  時々の  採血・レントゲン

  投薬は・・・当初・・・ステロイド・・6錠/1日

*楽しみにしていた黒部・立山行をキャンセルした。

4」5月27日(金)

  ステロイド・・・5錠/1日 に変更

 *pm5:00~6:20 ・・・オバマ大統領・・・広島・平和公園

5」5月30日(月)この時点で一旦は医師から退院のOKが出たが

  翌日から体温が上がり全身に湿疹が出た。副作用と思われる。

 *一部の薬の変更、解熱薬の服用などを処方された。

*一時は体温が39.5度になったが37度台に低下

6」6月2日(木)

 当直の医師から突然・・・レントゲン、検尿、採血を指示された。

 そのご主治医から「気になる陰がある。抗生物質を使う。」

 との事で更に退院時期が延期された。

7」6月3日(金)

  湿疹は前夜が最もひどかった。

  夜中の痒みがひどい・・・・・

  体温が36度台に戻った。

8」6月4日(土)

  全身から痒みが引いた。体温が低くなった。

9」6月6日(月)

 夕方に主治医から「退院OK」と言われた。

10」6月7日(火)

 【午後:退院】

 医師からは「特に制限はないが無理をしないよう!」

 と注意を受けた。

5月20日~6月7日の合計19日間の入院だった。

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★退院時・・・処方薬:

*ファモチジンD錠 20mg 
         朝・1錠;夕・1錠

*プレドニン錠 5 mg 
       朝・2.5錠;昼・2.5錠

*マグミット錠 250mg
       朝・2錠;昼・2錠;夕・2錠

*ボナロン経口ゼリー 35mg 
       起床時 週1回:日曜日

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【退院後】

退院後、特に問題なく、通常の生活に戻った。

今後の通院でステロイドの「プレドニン」を徐々に減らす事になる。

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2016年6月22日 (水)

★『無名』(4):沢木耕太郎★

『無名』(4):沢木耕太郎★

沢木耕太郎:幻冬舎

2003年9月15日 第一刷 発行

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『第6章:吹きぬける』

退院した翌日から在宅看護の実地レッスン。
なぜもっと頻繁にこの家に来て、父の話を聞いて

おかなかったのだろう。

父の趣味をトレース・辿った。
回復の兆しはあったがやはり混濁している。

長期戦にヘルパーさんを頼む事にした。

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『第7章:白い布』

上の姉から「お父さん、もうだめみたい」

「そうか、間に合わなかった・・・」
駅の本屋で「葬儀の手帳」を買う。

TVを見ていて面白そうに笑い、ふっとベッドの背に深くもたれた。

「朝はあんなに元気だったのに」 葬儀の準備。

父の死に際に思い残す事はほとんどない。
できることはやった。

姉の言うとおり程のよい死・・・だった。

すでに父は畏怖する対象ではなくなっていたのだ。
反抗すべき父は存在しなくなっていた。

最後の別れ。

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『第8章:その肩の』

父の句集の編集を始めた。分類・採否。

無数の類句がある。285の句と唯一の文章。
「幼時の記憶」最後に父についての私の文章を付す。
 

「その肩の無頼のかげや懐手」(二郎)

(遺族からの手紙)
皆様にはお変りなくお過ごしのことと存じます。
十一月父が死去。89歳。

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【思い出】
いずれにしても人の最後はやって来る。

父の場合には・・・家族が集まり・・・皆に囲まれて亡くなった。

最後に声を出していたが聞き取れなかった。

酸素吸入器を付けていたから・・・
それだけが気になっている。

「!!!!!」
最後に何を言いたかったのか!

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【医療-7】

【医療-7】

【5月16日までの様子】

 2月から4月までは特に問題なく生活は出来ていた。

 グリベックの副作用は当初、軽いものの様だったが
 ここに来て肺の機能障害に

 関係することになってしまった。

 肺の治療について:

  1」気管支鏡・・・で原因の特定

  2」薬剤による治療

 の手順と思えるが今後どのように進むか・・・

  1」グリベックと無関係に治療・回復できるか?

  2」グリベックを継続したら再度発生するのか?

★最悪のケースではスパイラルダウン;
蟻地獄かもしれない。

**************

・薬の影響とは・・・どうしたら軽減出来るか

 おそらく・・・方法はない

 まだ若い人がこの薬で治療する事になれば

 このように落ち込んだ気持ちで毎日

 仕事をそるのか・・・大変な苦労と思う

 毎日が日曜日の私の場合には少しでも

 時間があると寝てしまう・・・これが

 いやな気分を忘れる唯一の方法だから。
 

このまま続けることがいいのか・・・
 このままでは通常の日常生活が出来ない。

 リスクがあっても薬を止めたい。

 元の元気な気持ちを取り返したい。

5月になってから身体の調子が狂った。

副作用・・・気分・気持ち・
上げそうになる気持ちが長時間続く。
午前中だけでない。

1日中静かに、余り動かないようになる。

時間があれば寝てしまい、いやな気持ちを忘れようとする。

我慢できずに2回、戻してしまった。

今までは昼食後で回復していたように思うが

今日は夕食後になってようやく気分が落ち着いた。

*味覚・・・お茶や白湯は飲めるが他の食べ物は味がおかしくなった。

     コーヒーもビールも味噌汁も苦く感じる。

*呼吸器・・・何故かこれも5月になってから咳をするようになった。

      頻発・継続はしないがチョット違う動作に移ると数回咳が出る。

      それと夜、就寝時に肺からか喉からか・・・
      痰が喉に出てくるような感じがする。

      寝る前に咳がでる。

      *息が切れる。
      階段を登るとすぐに息が切れて立ち止まる。

*痙攣・・・ふくらはぎ・・・夜中に痙攣する・・・時々・・・2,3回

*生活全体に消極的になってしまった。

 やりたいことが仲々続かない。園芸の作業など。

*グリベック・・・半減したい・・・その後中止したい。
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【5月16日に医師の判断でグリペックを中止した】

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2016年6月21日 (火)

★『無名』(3):沢木耕太郎★

『無名』(3):沢木耕太郎★     H286181
沢木耕太郎:幻冬舎

2003年9月15日 第一刷 発行

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『第3章:差し引けば』

入院2週間。
肺炎、抗生物質、叩ききれない・・・
打つ手が無くなる。
付き添い。
父の俳句・・・父の句集・・・新しい活力と思った。

「漱石忌傘雨三汀澄江堂」

傘雨・・・久保田万太郎

三汀・・・久米正雄

澄江堂・・・芥川龍之介の書斎の名前:我鬼

父の思いを辿る。
父には苛りもなく、唯・・・受け入れる静かな態度

背筋を伸ばし、正座して読書する。

私は漫画から小説を読むようになる。
父に聞けば何でも教えてくれる・・・父。

付き添いで夜の世話を実感する。
時に幻覚が起こる「男の子がいるよね!」

父の意識の混濁を認めざるを得ない。

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『第4章:酒徒』

小脳の出血場所は落ち着いている。

母も高齢、倒れたら父の気持ちはどうなる。

父の俳句を読む。
子供の頃の思い出。
「梅割り1合」を買いに行く。

父は腕の良い溶接工で独立した。
中学生だった私を連れて繁華街によく出掛けた。

句集のタイトルは・・・
付き添いの夜が明けて朝が来た。

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『第5章:竜舌蘭』

対応できる抗生物質がなくなった。自宅に帰す事にした。
院長の判断で在宅治療が出来ることになった。
幼少期の記憶の方がより鮮明。父も私もそうだ。

父も小説を一旦は書こうとしたが断念した。
自分も高校時代に短編を書くようになった。

なぜ父は俳句を始めたのだろう。
父に叱られた記憶がない。
受験・進学・就職についても
干渉しなかった。
私の旅を思った俳句も多い。

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【思い出】

父の思い出と言うとまず軍服姿を思い出す。

まず、最初は昭和16年馬場町に有った陸軍兵舎・・・
ここに入隊する父を見送りに来た。

本当に覚えているのか母に聞いたのが記憶になったのかは定かではない。

家では・・・父と母に囲まれて・・・

縁側の隅に母の鏡台があった。
左右の引き出しに小物が入っている。

父と母が小さなキャラメルをその引き出しに入れて・・・・

《どっちに入っている・・・??》と私をカラカウ・・・。

多分・・・3,4歳の頃だと思う。

次は父が満州から一時帰国した時に幼稚園に現れた時だ・・・

「兵隊さんが来た!」

戦時中は「満州からのはがき」「満州での写真」が
父の記憶になっている。

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2016年6月19日 (日)

★『無名』(2):沢木耕太郎★

『無名』(2):沢木耕太郎★           H286181
沢木耕太郎:幻冬舎

2003年9月15日 第一刷 発行

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『第1章:天の配剤』

スポーツ関係の仕事をしている。
長野冬期オリンピックの年。父が入院・脳梗塞、軽い出血。

母と姉二人。父母と下の姉が同居している。

祖父は大正・昭和の時代に通信機器会社で成功した。

父と彼の兄の大伯父。

急に仕事が暇になったのは父を「看取らせる」
「天の配剤」だったのか?

 

『第2章:生きすぎて』

肺炎が徐々に進行して、食欲減退。
点滴を抜くのが心配で交替で泊まりこみ。

錯乱妄想も時々出る。
幻覚・混濁・・・お母さんに頼る気持ちが強い。

父は最大の読書家。昔の作品、声楽家、映画で会話をする。

交替で付き添う。
58歳の時に俳句を作り始めた・・・65歳で中断した。

前年の1月、父が88歳。自己顕示欲のない人。

「もうすぐ家に帰れるかな」
「少し長く生きすぎたかもしれないな」

・・・私は少し不安になった。

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『沢木耕太郎』

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%A2%E6%9C%A8%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E

 

スポーツライター、作家。

両親と姉二人、父の兄・・・大伯父と祖父。

丁度仕事が減り、時間が出来る。「天の配剤」と感じる。

作者が父を看取る迄の家族の物語。

大伯父は大柄でおしゃれ、父は静かで文学的。
若い時には小説を書こうとして断念したり、

祖父は大正・昭和にかけて通信機器製造で大成功するが、
後に不況等で没落する。

文学的な父、その素養を受け継いでいる作者。

濃密な関係があったにも拘わらず、
それでも疎遠だったと感じている作者。

**********************

そう言えば私の場合にも・・・仕事を辞めて、
時間が出来て父母の世話をすることが出来た。

もちろん父母との思い出はあるが
「沢木」の様な濃密な交流はなかった。

単に断片的な思い出だけだ。

父と精神的な会話をした記憶がない。

母との間には生活面での日々の思い出がある。

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2016年6月18日 (土)

★『無名』(1):沢木耕太郎★

『無名』(1)★                   H286181
沢木耕太郎:幻冬舎

2003年9月15日 第一刷 発行

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たまたまロビーの本棚にあったものを1冊借りた。

それがどうも見につまされる内容だった。

父と子の物語。年代もよく似ている。
両者の関係は自分とは大いに異なるが部分的には
似ている。
そこが気になり懐かしさを感じる。自分はどうだったか。

「その秋、私は静かに父の最期を看取った」

「無名の生、無名の死・・・その静けさと美しさ」

「父と過ごした最後の日々」
「一日一合の酒と一冊の本」
があればそれが最高の贅沢、そんな父が、

夏の終わりに脳の出血により、入院した。
混濁してゆく意識、肺炎の併発、その後住宅看護に

切り替えたのはもう秋も深まる頃だった。
秋の静けさの中に消えて行こうとする父。

無数の記憶によって甦らせようとする私。
父と過ごした最後の日々・・・

 

*****************

13年前つまり、H15年、
私の父が1月1日に亡くなった。
・・・その年だ。

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2016年6月16日 (木)

★医療-6★

★医療-6★
【5月16日】
1月の手術・退院後・・・再発防止のため
抗癌剤の「グリペック」を服用していた。
最初の2,3月には特に大きな問題はなかったが
・・・4月のゴルフも快調だった。
5月に入ると味覚の不調や体調・・・
特に歩行に問題が出て来た。
そこで・・・5月16日に外来で外科を受診した。
*5月になってから心身ともに調子を落として、
 生活レベルがダウンしてしまった。
 むかつき、嫌悪感など。
*月末に旅行を計画しているのでグリベックを中断したい。
 などを説明、愁訴した。
*医師の判断・・・
 一旦中断して旅行の後で様子を確認しましょう。
*意外にあっさり答えが出た。
*その後のグリベックの飲み方や
 再発リスクの取り方はアドバイスはするが最終判断は
 自分で判断すれば良い・・・との話だった。
『ここで一応ホッとしたのだが・・・』
*********************
*外科の先生のアドバイスで・・・
*呼吸器内科を受診した・・・
*5月以降の様子・・・咳が出る、最近は息が切れる・・・などを話した。
*先生は過去のCT、レントゲン・・・と本日撮影したCTと比較して
  予め診断を下していたようで
  1」血中酸素が低レベルである(90.8だったと思う)
       通常=95~99
   (パルスオキシメーターと呼ばれる小さな機械)
  2」肺の白濁部分がここ2週間でも増えている
  3」健康な部分が見当たらない位だ
  4」息切れや倦怠感も酸素不足の結果の可能性が高い
  5」原因は断定できないが
       「薬剤アレルギー肺炎」の可能性がある。
    (グリベックによる副作用)
  6」早急に治療をすすめる
  7」出来れば明日入院した方が良い。
*この診断に対し
  *グリベックを中断するので治癒する方向ではないか?
  *他の原因の可能性は?
 ・・・質問したが今のところ確答する材料がない。
 8」明日が無理なら来週に再度様子を見ましょう。
  CTで確認しましょう
  ・・・・ここで薬・中断による変化がなければ
   入院して下さい。
 9」入院期間は短縮して1周間程度になります。
*************
ここで急に「入院」が現実のものとなった。

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