★追悼 日高敏隆さん★
★追悼 日高敏隆さん★
日高さんが亡くなられた。
以前にもブログに書いたが
日高さんには 1度講演を
お聞きした
しかしお話が大変愉快な動物学の
お話だったので頭に残った。
その後はマスコミに出るたびに
興味深く読ませて頂いた。
今、丁度未来の地球・日本を
考えるべき時期に来ている。
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(H21年12月24日:
朝日新聞・夕刊)
:未来の環境と向き合った:
:嘉田・滋賀県知事に聞く:
動物行動学を日本に広め、生態の面白さをわかりやすいエッセ-で紹介した京都大名誉教授の日高敏隆さんが亡くなった。
最近は環境問題に関する活動も多く、科学技術に頼らない「未来可能性」を提唱していた。
「環境と主体的にかかわる考え方に、いつも共鳴していた」と語る環境学者の嘉田由紀子・
滋賀県知事に、日高さんの遺した思想を聞いた。
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11月23日に悲報を聞き、心に大きな穴があいたようなショックでした。私が京大の学生だった1970年ごろ、日高さんはまだ京大にいなかった。知ったのは環境学の古典と言えるユクスキュルの著作「生物から見た世界」の訳。人間はじめ生き物はすべて、主体的な意思を持って周りの事物とかかわるという考えです。
例えば、水を評価するのに生物化学的酸素要求量(BOD)などが使われる。
でも決して科学的な基準だけではない。漁をする人、洗い物をする人、アユやフナ、
それぞれの主体で水の価値は違ってくる。私の研究テーマと一致する思想で、日高さんに
あこがれていました。
出会いは約20年前。琵琶湖研究所にいた私は民間財団の市民研究コンクールの審査員となり、委員長が日高さん。東京から京都まで帰りの新幹線で、いつも日高さんと2人。
買い込んだウイスキーのミニボトル2本をちびちび飲みながら、いろいろな話をしました。
92年秋、やはり新幹線での帰りでした。「間もなく京大を退官ですよね」と聞いたら、「就職口がないねん」。引く手あまたと思っていたのでびっくりした一方で、ある考えが頭に浮かびました。開校が迫っていた滋賀県立大の学長が、まだ決まっていなかったんです。家にあった日高さんの本を手当たり次第に抱えて、知事室に故・稲葉稔知事を訪ね、「すごい人です。学長候補にどうでしょう」と直談判しました。日高さんが初代学長になった裏話です。大学開設まで、一緒にお昼に行くと、決まって中華チェーン店で注文は焼き飯。飾らない人でした。
学長当時の座談会で、「琵琶湖がなくなったら」と聞いたことがあります。動物学者として
生き物が困ると答えるかと思ったら、「まず県民はストレスを受けて精神的におかしくなる」と言われた。環境と精神をセットでとらえる思想の表れです。
自ら高校を回って県立大への受験を呼びかける一方で、「人づくりという言葉はおかしい。人は自ら育つものだ」。また、科学者でありながら常に科学に疑いの目を持っていた。言い換えれば近代工業文明に対する疑いです。それが「未来可能性」という言葉に込められている。
「持続可能性」は「今」を肯定し、どこかで誰かが決めた感じで当事者意識が薄い。「未来可能性」は「未来」のためにどうするか、と主体的なスタンスです。
生きるためには水も大地も原点であり、事物が持つ本来の価値を自らの力で未来に生かそう、と言う考えです。
私はこれを「もったいない」と言い換えました。単なる節約でなく、事物が持つ本来の価値=「もったい」を失うことが「もったいない」。子どもたちが自ら育つ力を引き出し、琵琶湖の保全は人と環境をセットで考えていく。
「もったいない」は、日高さんの未来可能性に通じる理念です。琵琶湖の未来を考える時、地球温暖化問題は避けて通れない。子どもや若者が幸せを感じる未来をどう築いていくのか。日高さんの遺した「未来可能性」を生かした施策を探っていきたいと思います。
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